小光子の男女群島奮闘記(プロローグ)
釣行日 2008年2月15日(金)14時 田平出港
2月17日(日)12時30帰港
釣行企画 M氏 福岡県在住
同行者 小澤 光博
瀬渡し業者 株式会社あじか磯釣りセンター
記 小澤 光博
非合理なるものが人間の本質である。だからこそ世の中では合理性が追求される。
とすれば、小光子が愛する磯釣りは人間の本質そのものかも知れない。
15年、細々ながら磯釣りを楽しんできた小光子。男女群島釣行などは、夢の夢であった。
時間的、経済的、そして、すでに還暦に近づいているこの身の体力的な面、そして、何よりも経験者の同行がなければ無理が多すぎるからだ。京都に在住している小光子にとって、何処かの釣りクラブにでも入らなければとても実現しない夢であった。
ところが今回偶然にも第5回 勝手に秋冬ダービーに参加したことから、M氏を知り、その機会を得ることになった。
事前に出港地の田平から男女群島まで「高速艇で3-4時間かかる」、という事を聞き、船にひどく弱い小光子には、一瞬の躊躇があったが、これは男女の夢を実現するにはあまりにも小さな制限であることに、すぐに気づき、早すぎるほどに福岡までの安いエアーチケットを購入することによって、男女釣行を実行することを、自らに決めさせた。
小光子のスケジュール
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出港の前日2月14日18:10に福岡空港に着く予定。私は仕事で2回福岡に行ったことがあるが、プライベートでは始めての事、暇な時間が日常になった身としては、M氏が住んでいる
そこで初めてあったその人は、今回の案内人、M氏だった。
まずは自己紹介も兼ねて腹ごしらえ、マッチェさんのお勧めの「モツ鍋」の店に入った。そりゃそうだな、「福岡に来たんだからもつ鍋ですな・・・・・!」とご機嫌の小光子。
いまどきの店で、いまどきの従業員が出てきた。
もつ鍋、味噌味と醤油味があるらしい。
Mさん、どちらも食べたいから、「一人前ずつ」とリクエストしたが、即、冷ややかに断られた。鍋は2人前が最小だという事。「ああ、そうかな・・・、そうかも知れない。鍋を一人で食べる人は少ないだろう・・・」と・・・・、しかし、もう少し、もつ鍋の見合うような暖かい言い方がないもんだろうか、と思ったが、変にその日は素直な小光子だ。たぶん、この二人なら、2人前ずつ、計4人前頼んでも、十分に食べるんではないかと思い、「じゃ、どちらも2人前」と言った。すると店員さんは、まだ言う・・・・。
「味噌と醤油は一緒にできませんが・・・」と・・・・?。
「当たり前だ、順番に持って来いという事だ。バカモノ!」と、自分の子にだったら怒鳴っていたところだ。
あっ、そうか、私たちがバカ顔していたんだろうか・・・?
しかし、もつ鍋そのものはなかなかイケた。まっちぇさんありがとう。
M氏は、お酒は飲まないと言う。モチロン、車では飲めないのだが、飲む人を飲まさないで車の運転をさせるのはあまりにもヒドイと思う酒好きの小光子。しかし、「飲まない」ならば、気が楽、私はまずビール、そしてこの日は地酒を2杯頂き、おいしいもつ鍋を4人前、軽く食べ、1時間ほど走って、ご機嫌顔でM氏の社(やしろ)に到着した。
男独身住まいなのにイヤに片付いている家、小光子には2階の迎賓室をあてがわれた。
<翌日2月15日(金)の予定>
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途中、小光子のリクエストで釣具屋に寄ってもらった。京都ではキザクラのウキは種類が少ない。今回のためにもう少しウキを補充するためだ。なんだかんだ五個買った。次に餌屋に寄った。M氏が注文しておいてくれたのだ。和歌山よりも格段に安い。M氏、段取りがいい。まさに合理的な釣り師だ。そして、ここにも道具が売っている。M氏、何か見つめて迷っている・・・。なんだろうか・・・・?
小光子がその視線の先をたどると、わかった!・・・・Vハードの10号ハリスだ。
「よ〜し、やるならやろう!」。急に6マルへと2人は意識が飛躍してしまう。がぜん気合が入ってくる。「コレを買いましょう、そして2人で使いましょう」と小光子は決断し、気持ちが「夢」へと逸った。
小光子は固くVハード10号ハリスを握り締め、さあ、アジカへ一直線かと思いきや、「小光子さん、昼飯は何にしますか?」と・・・・。そうだそうだ、ハリスを握ったときからもう食べることすら忘れかけている単純な男だ。
しかし、気が付けば「博多ラーメンなんか、どうかな。いや、うまいうどんでもあればな!」なんて、食い意地が張っている。おまけに贅沢なことを言っているが、M氏曰く、「こんな田舎にそんな店は無い」、ということ。M氏は冷静だ。
「ホッカ弁なんか食べますか?」とM氏。すかさず小光子、「そうそう、ホッカ弁にしましょう!」と言うと、車内のバックミラーに挟んだホッカ弁のメニュウーが出てくる。携帯で頼んでおいて、通り道の店に到着したら、暖かいのが出来てくる、という寸法だ。「う〜ん、やる!」っと、小光子は心の中で唸った。M氏、まさに合理的な男だ。
まもなくして「あじか」に到着、12時半を回っていたか。すばらしい瀬渡し船が何艘も停泊している。
沢山のすばらしい船をもつ瀬渡し業者だ。たぶん、京都の日本海側や和歌山には、こんなに規模の大きい瀬渡し業者は無いだろう。それは、@瀬まで行く距離が長い。A海が険しい。となると高性能の船が必要となるからであろう。そして、B良質の磯があるために気が狂ってる利用者が多いからか・・・?。
事務所に入って乗船名簿に記名した。その日の第一番の記名者が小光子だった。この男、またそんな事で喜ぶ単純さだ。事務所の壁をみると、最近の期間の3匹長寸の入賞者が貼ってあった。この規模だと、多くの人が参加しているのだろうが、M氏は確か4位だったのではないかな。なんとスゴイ心強い同行者だ!
M氏が言った。「金を払うのは上がってからだから」と。小光子は一応、財布とは別にしているバッグのポケットの現金を調べた。
「えっ、無い、無い、・・?」現金が無いのだ。よく考えると現金を入れたほうのバッグをM氏の家に置いてきている。財布を見た。現金は38,400円なり。瀬渡し代は38,000円、偶然にもぎりぎりセーフなのだが、帰りに風呂にはいったり、飲み物を買う金も無い。M氏も私の餌代等を立て替えているので、ギリギリしか現金が無い、という。本当にあきれるほど間抜けな小光子だが、とりあえず、瀬渡し代だけは踏み倒して逃げなくても済む。磯では金は使いようもないので、後の事は忘れて乗船だ!バカなので、立ち直りは早い。おっと、おっと、また忘れていた。どんな釣りも好きな小光子。しかし、極めて船に弱いため船釣りだけはしない。「どれどれ、酔い止めの薬を一服」、「うん、これで良し。」ニタッ・・。
船の中は寝られるようにスペースがくぎってある。M氏が言うに、ここでタオルを顔にかけ、左を向いて寝るのだそうだ。臭い匂いを防ぎ、胃に負担をかけない、とのこと。うんうん、なるほど。やはり理論的、合理的だ。小光子も船底のスペースに横になって出港を待った。
エンジンがかかった。船は気持ちよく滑り出して行く。しかし、画像は左を向いて寝ていない。テニスで右ひじと手首が痛い、だから、竿を左持ちに、右巻きに変更した、なのに寝方で左腕が痛くなったら、
巨グレ用の重い竿が振れない。小光子にしては読みが深い。うん、なかなかいける。これならいける・・・。と思って1時間ほど走ったか・・。波間を飛ぶように走り、波腹を滑走するようにすべる船の揺れはいよいよ激しくなった。 小光子はジワジワと寄せてくる嘔吐に耐えていたが、もう寝ていられなくなり、通路に出た。しばらくすると、揺れは少なくなった。
船はちょうど五島列島の風裏に入って進み、それを過ぎると、また1.5時間位揺れるらしい。
やはり、また、揺れだした。さっきの揺れより、さらにヒドイ。通路に立っていると、まるでサイコロの内部に入れられて、転がされている様な揺れ方だ。転ばないように両手でシッカリと金属バーを握り、こらえる。油汗がにじみ出てくる。「ああ、ここで限界がきた」といっても、ここで自分だけ船を下りることは死に等しい。
